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母の料理のエピソード
私、実はあまり母と仲良くはないのですが、母に感謝していることがあります。
それは、どんな時でも手作りの料理を作ってくれたこと。
兄弟とケンカしてメチャクチャに怒られても、テストで赤点を取ってきても、食事抜きなんてことはありませんでした。
ひじきの煮物、おでん、生姜焼きーー。私が当時の母の年齢になった今でも忘れられぬ、「おふくろの味」です。
1つ、思い出すエピソードがあります。
もう20年以上も昔ですが、大学の友人が私の家に遊びに来た時のこと。母が友人と私に夜食を出してくれました。
おにぎり、味噌汁、玉子焼きとか、そんなものでした。料理上手の母にとっては造作ないことです。
しかしそれを食べたとたん、友人はこう言ったのです。
お前のかあちゃん、めちゃくちゃ料理うまいな!!
私は最初、何のことかよくわかりませんでした。
こんなものはどんなお母さんだってあたり前に作るでしょ、と思ったから。
しかし話を聞くと、友人のお母さんはほとんど料理をしなかったそうです。
お母さんがパート帰りにスーパーで買ったお惣菜が、彼の毎晩の食事でした。そしてそれがあたり前だと思って食べていた――。
私はその時、おいしい料理を毎日作ってくれる母がいることの幸せとありがたさを知りました。
料理とは、その人の身体を作る要素。私は「身体そのもの」だと思っています。
これまた回想になりますが、まだ娘が幼かった頃の話。親戚の集いの場で、娘に初めて会った叔母がこう言いました。
「うわー、娘さんお肌きれい! ちゃんと食べさせてるんだね、お母さんえらいね!」 (お母さん=私の妻)
子どもの肌艶をみれば、ちゃんとわかるのですね。
普段口にしている食べ物が、私たちの身体を作っているーー。そんな当たり前のことを、私はこの時初めて知りました。
もちろん私もそうです。
母が毎日毎晩大変な思いをして作ってくれた数々の料理が、私の健康な身体の元になっているのです。
新婚旅行がきっかけでパスタ作りが好きになる
さて、私が料理を作るようになったのは、新婚旅行で旅行したイタリアです。
どんなお店で食べても、信じられないくらい美味しかった。帰国後にあの味を再現したいと思ったのがきっかけです。
近所の書店で何気なくパスタ本を手に取りました。それが私のバイブルになりました。真中陽宙さんの本は、タイトルどおり一生ものです。
15年以上経ったいまでも、色あせることはありません(本はめっちゃ色あせましたが)。
美味しさの決め手は、仕上げのグルグル混ぜ。その目的は「乳化」だそうです。
少し誇っちゃいますが、いまでは特技はパスタづくり、といえるくらいのレベルになりました。
最初は下手だって、15年以上続けたいま、パスタのレパートリーは軽く 50種を超えます。
料理が私の性分に合っていたのだ、とも思います。継続できた理由を以下のように考えています。
- 仕事の仕方に通じる: 準備に時間をかければ、イヤでもうまくできる(段取り八分仕事二分)
- 人に喜んでもらえる: だれかが美味しいと言って食べてくれることが、ただ嬉しい
- 技を磨くことができる: 自分の上達が目に見えて実感できる
イタリアンから和食へ
最近では和食も作りたいと思いたち、和食本を買いました。
書店で立ち読みしながらこれだと選んだのは、笠原将弘さんの料理本。5冊ほど一気に買い込みました。
先日は本を参考に、手羽先と卵のウスターソース煮を作りました。
ウスターソースが絶妙なスパイスになり、味わいが深まります。家族にも大好評でした。
ご実家が焼鳥屋を営んでいた笠原さんの本には、鶏料理が多いです。
いうまでもなく、鶏料理は経済的にも優しい!
和食ほど食べる人のことを考えた料理はない、そう笠原さんは書いています。たとえば、食べやすい一口大のサイズに切る、1人分ずつを小鉢によそるなどです。
受け手を最優先に考える(受け手ファースト)ことは食の世界にも通じるのか…!
そう私が知ったのは、つい最近のことです。
子どもたちへの想い
さて、上の子どもは反抗期の真っ盛り。学校を休みがちになることもあります。
呼びかけても返事がないことは当たり前。携帯電話とSwitchから視線が動きません…。
珍しく「はーい!」と返事をしても、全然行動には移しません。面従腹背(めんじゅうふくはい)とは、このことです。
子育ては簡単にはいきませんね…。
でも、自分だってそうだった、いやもっとひどかったじゃないか! 最近そう気づいて、苦々しい気持ちになりました…。
これから先、子供たちが、
- 大人になって壁にぶち当たった時
- 余裕がなくて、他人のことをあまり考えられなくなった時
- 自分の子どもに、安くても美味しいものを食べさせたいと思った時
妻と私の料理の中から何かを思い出してくれたらいいな、と思います。
料理を作ることは身体を作ること。だからそれは「だったらいいな」の願望だけではなくて、親として責任あることだとも思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
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